成田キャンパス
医学科

医学科

DEPARTMENT OF MEDICINE

医学部 医学科

学生インタビュー(2019年度入学生)

嶋崎 朱音 2000年生まれ 千葉県 渋谷教育学園幕張高等学校出身
通学時間:約90分(電車)
医学部をめざしたのは、病院でボランティアをして、医師や医療従事者の方々が患者さんたちと接しているのを見たからです。「医学に興味や知識があるだけでは良い医師になれない」と痛感し、想像以上に覚悟が必要であることに気づき、医師への気持ちが強まりました。幼少期から海外に住み、英語が得意な私にとって、英語で医学の勉強ができ、海外での臨床実習や米国医師国家試験(USMLE)の授業があるのが魅力でした。入学早々医療系の科目を学ぶことに驚きましたが、今はその大変さが逆にモチベーションを高めてくれています。国籍や年齢が異なる人々が集まり、新しい考え方やアイデアと出会う機会が多く、毎日が楽しく、充実した生活を送れています。将来は小児科医として医療の発展に貢献し、日本と世界の架け橋となる医師になりたいと思っています。

山本 天智 1999年生まれ 東京都 東京学芸大学附属高等学校出身
通学時間:約45分(電車)
小学生のころ見た医療ドラマが印象的で、医師に憧れました。ニュースで様々な災害の被災者や世界の貧困地域や紛争地域の人々のことを目にするたびに自分の無力さを痛感し、「少しでも役に立ちたい」と思い、医師を志しました。浪人時に改めて考え直したとき、身近な人々の健康を守ることの大切さに気付き、大きなモチベーションとなりました。本学は医学をより国際的な環境で学べる魅力的な大学です。勉学、娯楽、スポーツともに充実しており、先生方との距離はとても近く、どんな些細なことでも気軽に相談できる環境は代えがたいものです。また、リベラルアーツや政治学にも興味があった私にとって本学の選択授業(国際関係論、死生学)や英語授業はとても充実しています。生涯現役で「医師」という特別な称号に恥じぬよう使命を全うしたいです。

高岡 龍之輔 2000年生まれ 東京都 海城高等学校出身
通学時間:約90分(バス・電車)
私は幼いころ、苦痛を親身になって聞き苦しみを取るために励んでくださった医師に憧れました。中学生の時、医師不足から適切な医療を受けられずに亡くなった人の新聞記事を読んで衝撃を受けました。私が当たり前に受けていた医療が不足していることを知り、「その助けに少しでもなれれば」と思い医師を志しました。また千葉県の人口当たり医師数が日本で下から3番目であることを別の記事で知り、「生まれ育った場所の医療を支えたい」と思いました。日本は海外からの医療スタッフ導入を進めています。彼らと協力し最善の医療を提供するには、国際色豊かな本学で学ぶことが重要です。私は"二面性のある医師"をめざします。その2つの側面とは、学問的な冷静さと、人間的な温かさです。大学を卒業した後も精進し、多くの患者さんを助けていきたいと思います。

北村 瑛秀 1999年生まれ 鹿児島県 ラ・サール高等学校出身
通学時間:約20分(自転車)
もともと私は世界の恵まれない人々を救うために外交官をめざしていました。そのため、中学の時から高校の英語ディベート部に入っていました。しかし、部活動を通して、「外交官はネゴシエーションによる間接的な支援しかできない」と思うようになりました。私は「自らの手で人を助けたい」と考えていました。そこで思いついたのが医者だったわけです。国際医療福祉大学はその名の通り国際性豊かな大学で、「海外で働きたい」と思っていた私にとって最適でした。また、英語を中心としたインタラクティブな授業を行う点も魅力的だと思います。日本を拠点にして地域医療で自分の技術を磨き、海外のカンファレンスにも積極的に参加することで最新の治療法を身につけたうえで海外に赴き、恵まれない人々を救うのが私の将来の夢です。

井口 裕太郎 1996年生まれ 京都府 洛南高等学校出身
通学時間:約3分(徒歩)
小学生のころ、医師である父はアメリカで聴力回復に関する再生医療の研究をしていました。私は学校が終わると父の研究室に行き、マウスの脳をひたすらスライスして標本を作る手伝いをしていました。研究に対する父の熱い思いを聞くうちに「私も研究者になり、人類に貢献したい」と思いました。母は乳腺外科医です。患者さんと接するときに思いやりをもつことの重要性を教えてくれました。「私もそんな医師になりたい」という強い憧れが生まれ、医学部をめざしました。私が入学した理由は、米国医師国家試験(USMLE)受験を想定したカリキュラムが日本で唯一備わっていたからです。私は今、筋骨格系に興味を持っています。将来はアメリカに行き、筋委縮性側索硬化症などで苦しむ方たちの助けとなりたいと考えています。

山東 茉生 2000年生まれ 京都府 同志社女子高等学校出身
通学時間:約20分(電車)
私は、幼い頃喘息で小児科に長く通院した経験があります。当時の主治医に自然に憧れを持ち、「自分も医師を目指したい」と思うようになりました。また、私は人と話すことが好きなので、人と深く関わることのできる「医師」という職業に魅力を感じました。医師になる夢を叶える第一歩を踏み出して気付いたことは、本学では帰国子女や留学生も多く、水準の高い英語での医学教育が行われており、「自分の力はまだまだで、日々の努力の積み重ねが必要だ」ということでした。学生の学習意欲が高く、先輩や友人に日々刺激を受けています。将来は、英語力を備え、海外論文にも積極的に触れ、世界水準の医療を提供できる小児科医になりたいと考えています。

森 亮介 1998年生まれ 愛知県 愛知高等学校出身
通学時間:約5分(自転車)
幼少期から「多くの人を助け、喜ばせられる職業に就きたい」と考え、「医師は多くの人の生活や人生に貢献できる」と感じたため医師をめざしました。1年次の4月から医療系の科目を学べ、英語を多く活用したカリキュラムが組まれるなど、「この大学だからこそできることが多く、刺激のある大学生活を送れる」と考えました。入学後、英語による授業が想像以上に多く、得られる知識量の多さに驚きましたが、素晴らしい仲間のおかげで本当に楽しい大学生活を送れています。新設校だからこそ、先生や先輩との距離が近く、「大学全体で学校を作り上げよう」とする雰囲気があります。私は「世界中の人が医療を身近に感じられるように導ける医師になりたい」と考えています。患者さんとのコミュニケーションを大事にし、1人ひとりにあった医療を提供できる医師をめざします。

エンフトヤ バット インフ(Enkhtuya BatEnkh) 2000年生まれ モンゴル出身
通学時間:約10分(バス)
私は子どもの頃にお世話になっていた方々から「医学は恵みだ」と言われました。人間の貴重な命を救うことは幸せなことです。そのため、私は将来、外科医になりたいと思っています。本学では、私が将来、医療を行ううえで役立つ教育と経験を受けることができます。様々な人とコミュニケーションし、違う文化を持つ他の学生と意見を共有することができるようにもなりました。また、多様な価値観や 2つの異なる言語を学んでいます。多くの素晴らしい先生たちから色々なことを学ぶことができ、とても嬉しく思っています。私は将来、社会のリーダーや研究者ともなれる、多くのことができる外科医となることをめざしています。そして、さまざまな病気に苦しんでいる患者さんを精神的にもサポートして診療し、皆さんの役に立ちたいと思っています。

スティーヴン ヴァレンティ―ノ ハルトノ(Steven Valentino Hartono) 2000年生まれ インドネシア出身
通学時間:約15分(バス)
私は医師である父を尊敬しています。彼は私によい医者のあり方などを教えてくれたので、私は子どもの頃から、医師になりたいと思っていました。それが「他人を助けるための最善の方法だ」と思うからです。医師であることは精神的にも肉体的にも多くの鍛錬を必要とするものであり、やりがいがあります。国際医療福祉大学への留学は、当初ためらっていましたが、長い時間考え、「私の国で医学を学ぶだけでは十分ではない。この大学で学び、多くの経験を積み、日本の高度な医療を身につけよう」と思いました。また、新しい言語を学ぶことができるのでとてもうれしく、ミャンマー、カンボジアなど多くの他の国から、そしてもちろん日本からも多くの友人ができました。今後は少しでも社会に貢献し、農村部の人々を診療する病院で、人々を助けたいと思っています。

ヘイン テッ アウン(Hein Htet Aung) 2000年生まれ ミャンマー出身
通学時間:約15分(バス)
医師のいない家庭で生まれたため、医師になることは私の子供の頃の夢ではありませんでした。しかし、子供の頃の私は健康に恵まれず、急性喘息などを患いました。たびたび診療所や病院に通っていたため、症状が治まるたびに担当の医師にとても感謝していました。そのため、「大人になったら医者になりたい」と思いました。留学は私の子どもの頃の夢を実現しました。奨学金試験で入学した本学は国際的で、その雰囲気が好きです。一緒に勉強し、助け合うさまざまな国からの学生たちとも打ち解けました。本格的な医者になるためには、スキルや知識だけでなく倫理も必要だということを学びました。私は将来、脳神経外科医を目標にしています。ここで得た知識で市民の健康と福祉に貢献できると思います。ミャンマーの医師として、日本との架け橋になりたいです。

ミン スライパウ(Minh Sreypov) 2000年生まれ カンボジア出身
通学時間:約15分(自転車)
私の両親は医師です。患者さんと対話する様子を見たり、恵まれない人たちから「ありがとう」と言われるのを聞き、「私も同じ体験をしたい」と思いました。高校での好きな科目は生物学でした。人間の体の各器官について学ぶのが好きで、医学部に入学しました。また夢は日本で勉強することでした。カンボジアで入学した大学が本学と連携していて、奨学金を提供されて留学できて本当にうれしかったです。私は経験や知識を他の人と共有するのが好きで、本学の推奨する「自分で考え失敗して学ぶ方法」に感謝しています。授業で疲れた時は、教授陣は楽しくする試みをし、気持ちを入れ替えてくれます。医療技術などを学び、将来は私の国で患者さんと良好な関係をつくって助け、大学教授になることも視野に入れ、母国の医学教育を変える手助けをしようと思います。

グエン ティ チュック ニュー(Nguyen Thi Truc Nhu) 1999年生まれ ベトナム出身
通学時間:約15分(バス)
私の母は医師だったので、私は診療を受けに来る患者さんの様子を見ていました。その母がある日、ベッドから落ち、背骨と足の骨を折りました。私は母と一緒にいましたが、パニックになり、助けられませんでした。この事故は「いつか優秀な医師になる」という動機になりました。日本は科学と医療の卓越した国で、ここでいい医師になることが私の目標です。本学は優秀な教員だけでなく、世界中の学生と一緒に医学を勉強する環境があり、この国際コミュニティーに参加でき、アジアの様々な国の人と友達になれます。ベトナムの大学では生理学を勉強していたので、私の一番の興味は、内分泌系人体細胞に処理を通知する機能的バランスを維持する腺のネットワークです。卒業したら母国で貧しい患者さんを助けることが夢です。母国の医学の発展に貢献したいです。

チョ ハヨン(Cho Hayoung) 韓国出身
通学時間:約15分(バス)
小学生の頃、生物の授業で免疫系について学び、人の体内で起こる様々な細胞の働きを知り、「生物学の研究者になりたい」と思いました。しかし、祖母と祖父が癌を発病し、私が愛する人たちが苦しむことを体験し、「他の方々には私と同じ思いをさせないように、疾病の予防と治療を行う医師になりたい」と思いました。留学生特別選抜入試で本学に入学できて良かった点は、授業を英語と日本語両方で行うことです。日本語だけでなく、世界で必要な英語も上達できます。また、国際交流センターは大学生活、日本文化に早く慣れるよう、生活面でもサポートしてくれます。私の将来の夢は国際的な医師になることです。多様な国から来た留学生との交流で、異文化を理解、尊重することを身につけられます。このスキルを生かし、世界中に貢献できる医師になりたいです。